新四国相馬霊場八十八箇所(順打ち)の第5回目で、12時頃に新木小学校で「あわんとり」が開催され、15年(以上?)振りくらいで寄ってみることに。
今日は(③地区)の第23番、⑦地区の第24番と第25番の3番を巡ります。
前回と同様なの道順で結構な距離を走りますが、今回も3番と厳しいコースですね。
③の第23番
⑦の第24番と第25番
自宅を出発して、国道294号線経由で国道6号線に出て、井野台の第23番の北坪集会所へ。
第23番 井野台薬師堂(取手市井野台)
移し寺:徳島県医王山薬王寺
ご詠歌:皆人の病みぬる年の薬王寺 るりの薬をあたへまします
お堂脇の手水鉢、分厚い氷が張っていました。
台宿を越えて利根川左岸のサイクリングロードへ。
大勢の人出がと思ったら、取手市主催の新春健康マラソンなるイベントでした。
利根川左岸のサイクリングロード、広い河川敷で人工物も見えず何処か原野のような雰囲気です。
東京藝術大学取手校の裏手辺りです。
小貝川の利根川合流点の少し上流。
サイクリングロードから見ると美しいエメラルドグリーンの速い流れで不思議に思って岸辺まで寄ってみると、岩盤(のように見えます)の中をそこだけ深く流れているようです。
ちょっと釧路川の源流のような雰囲気です。
小貝川と利根川の合流点、遠くに富士山が見えますね。
栄橋を渡って布佐の第24番の延命寺へ。
第24番 布佐の延命寺(我孫子市布佐)
移し寺:高知県室戸山最御崎寺(ほつみさきじ)
ご詠歌:明星の出でぬる方の東寺 暗き迷はなどかあらまじ
布佐から新木へ。
JR成田線の新木駅、20年くらい前に東京から千葉の我孫子に移り住んだ頃は無人駅でしたが、今は住宅街が広がり、駅前にはスーパーが2軒もあって、開けています。
第25番の古戸の地蔵院へ。
第25番 古戸の寿栄山地蔵院(廃寺、我孫子市古戸)
移し寺:知県宝珠山津照寺(しんしょうじ)
ご詠歌:法の船入るか出るかこの津寺 迷うわが身をのせてたまえや
今日の霊場巡りはこの3番で終了です。
新木小学校の「新木ふれあいあわんとり」へ。
「左義長」ですね。
私の生まれの東京の中野あたりでは「どんと焼き」という名称でした。
「1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を3、4本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連縄飾り、書初めで書いた物を持ち寄って焼く。その火で焼いた餅(三色団子、ヤマボウシの枝に刺した団子等地域によって違いがある)を食べる、また、注連飾りなどの灰を持ち帰り自宅の周囲にまくとその年の病を除くと言われている。また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると言われている。道祖神の祭りとされる地域が多い。(Wikipedia)」
火を点ける時の囃し言葉は、
「あわんとりホーイホイ あわのとりもホーイホイ ひえのとりもホーイホイ」
です。
近隣の方が正月飾り等を持ち寄っています。
子供達のために遊び道具が用意されていました。
私も剣玉を。
結構得意で、世界一周ぐらいはできます。
校庭に立派な染井吉野の古木がありました。
さて点火です。
あっという間に炎が上がり、青い空を焦がすばかりに。
遠くに離れているのに顔が熱くなります。
焼け落ちて火が収まると、竹に挿した餅が振舞われ、無病息災を願って焼いて頂きます。
その他にも、豚汁、餅(黄な粉、辛み)、甘酒が振舞われました。
なかなか太っ腹ですね。
お餅も豚汁も優しい味わいで、美味しいです。
沢山あるのでお替りをどうぞという言葉に甘えて、豚汁をもう一杯。
この後近くでお昼を食べようと思っていましたが、これでお腹一杯になってしまいました。
ご馳走様でした。
前回(第4回)で撮り忘れた第22番のお堂の写真を取り直して、取手大橋方面へ。
取手大橋を渡って帰宅します。
今日の走行軌跡です。
(走行距離は+0.9km)
本日走行距離:33.8km
相馬霊場累計走行距離:131.3km
累計走行距離:4,380km
霊場番数:89、予定日数:22日、推定総走行距離:550kmなので、およそ1/4ぐらいになりましたかね。
まだまだ続きます。
南無大師遍照金剛 同行二人
コメント
コメント一覧 (2)
いつまでもお布団を出れずにいると、
ドン・ドンっと花火の音がしました。
夫に聞くと、寝ぼけながら「どんどん焼きだ」と教えてくれました。
楽しそうな行事ですね^^
来年は是非行ってみたいものです。
それにしても!
あの透き通るイカ刺し!
羨ましい!!
この記事のどんと焼き(あわんとり)は翌日の日曜日で我孫子の新木地区でした。
取手のどんと焼きは行ったことがないので、来年は梯子してみようかと思います。
槍烏賊は、釣り味も良く、美味しく、調理簡単、ゴミ出ず、長期冷凍保存もOK、と好きな釣り物です。