夏越の大祓の(「茅の輪くぐり」は多くの神社でお祀りされますが、少し調べて、埼玉県大宮の「武蔵一宮氷川神社」に詣でることとしました。
茅の輪くぐりをNETで引くと、
「茅の輪(茅草(かやくさ)で作られた大きな輪)は、正月から六月までの半年間の罪穢(つみけがれ)を祓う夏越しの大祓(おおはらえ)に使用され、それをくぐることにより、疫病や罪穢が祓われるといわれています。」
とあります。

武蔵一宮氷川神社
ニの鳥居
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参道と三の鳥居。
参詣する人で賑わって、屋台もでています。
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茅の輪くぐりを待つ人々。
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武蔵一宮氷川神社の来歴、公式ホームページより抜粋。
「 氷川神社は社記によると今から凡そ二千有余年、第五代孝昭天皇の御代三年四月未の日の御創立と伝えられます。
 御祭神、須佐之男命は天照大御神と月読命とともに伊弉諾命から生まれた三貴子の一神で、八俣大蛇退治など力強く雄々しい神として知られております。
 大己貴命は須佐之男命の御子に坐して国土を天孫瓊々杵命(ににぎのみこと)に御譲りになられた国土経営の神です。稲田姫命は須佐之男命の御妃で大己貴命の御母神です。
この御三神をここにお祀りされたのは国土経営、民福安昌祈願のためであって、大和朝廷の威光が東方に及ぶにつれて、当神社の地位も重くなったと考えられています。

明治元年、明治天皇は都を東京に遷され、当社を武蔵国の鎮守勅祭の社と御定めになり氷川神社親祭の詔(祭政一致の詔)を賜りました。
 次で同年10月28日に明治天皇は当社に行幸、御自ら祭儀を執り行わせられ更に3年11月1日再び御親祭あらせられました。
 此の様に明治天皇が御親祭あらせられたのは、桓武天皇が平安遷都の折賀茂社をお祀りした御例によられたものといわれ、その模様を謹写した山田衛居筆の13メートルの長大な氷川神社行幸絵巻物は当社の社宝として大切に保存されております。」
関東中心(埼玉、東京)に何百もある氷川神社の総本社で、そう言えば東京都中野の生家の辺りの鎮守も氷川神社でした。
ところで氷川神社は全国津々浦々に在るように思っていました、そうではないのですね。
これもNETからですが、
「氷川神社は、東京都・埼玉県に多く、元荒川(荒川の古い河流)を東の限界とし、西は多摩川を限界とした区域にのみ多い神社です(その他の地方では、神奈川県・千葉県・北海道に1社、茨城県・栃木県に2社あります)そしてその多くは、埼玉県大宮市にある大宮の氷川神社の分霊を移し祀ったといわれております。 」
とあります。

茅の輪をくぐります。
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人形(ひとがた)の頒ち
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この人形に家族の氏名を書き、息を吹きかけ、身を撫でて罪穢をこの人形に移し、納めて、無病息災を祈る、というものです。

楼門
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舞殿
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拝殿
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神池越しに茅の輪
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今まで何回も茅の輪を見たことがあり、先日の柏の諏訪神社の茅の輪もそうでしたが、今回は少し詳しくなりましたね。
とても素敵な、良い祭事で、来年も6月30日に何処かで茅の輪をくぐりましょう。